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「常識」は「備わった才能」と言い換えてしまう

世間では「今時の若者は。。。ふぅ〜。(ダメだ、どうしょうもない、とんでもない、わからない)」って感じで言われることが多いですよね。

「今時の若者は」は紀元前800年からプラトンが言っていたとか。人間の歴史に染み付いた言葉であることがよくわかりますね。

さて、この「今時の若者は」に続くのに「常識がない」って言葉があると思います。

常識って何でしょうね?

アインシュタインは「常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである。」などと言っているそうですね。

Wikipediaでは「常識(じょうしき)は、社会の構成員が有していて当たり前のものとしている。社会的な価値観、知識、判断力のこと。」としています。

じゃあ、社会が違えば常識って違う。それでは社会って何?

「社会(しゃかい)は、人間と人間のあらゆる関係を指す。(Wikipedia)」

もう、曖昧すぎてどうしようもない(^-^;;;

これが私が普段「常識」っていう言葉を使わない理由です。何を指してるかわからない、共通のものを指して共有できるとは思えないからです。

ところがですね。私がベースの考え方としているTOC(制約条件の理論)には、このような言葉があります。

“ TOC is common sense, but not common practice.”

これは「TOCは常識である、しかし誰もがやっていることではない。」と訳されます。

出た! ここで「常識」が。

実は数年前、この common sense コモンセンスを常識と訳すことに違和感を抱いていた方が居て、それをSNSで発信していました。

私もそう思ったので common sense をもう一度調べなおしてみると、「common senseは、日本語で言う ”常識” ではない」という文章が結構出てきたのです。

英英辞典はこうなっています。

Your common sense is your natural ability to make good judgments and to behave in a practical and sensible way.
(Collins Cobuild Advanced Dictionary of English)

これを訳してみると、

「common senseとは、よい判断をして現実に賢明に振る舞うための、生来の能力である」

そうなんです。common sense とは、本当は「生来の能力」「本来備わっている才能」って言う意味だったんです。SNSで発信されていた方とも共有して「そうよね!それがしっくりくる!」って話しました。

「TOCは本来備わっている才能である、しかし誰もがやっていることではない。」

よくわかります。本来の才能があるのに使っていない、使われていない。常識って日本語訳があまり当たってなかったのですね。

これを知って、世の中で「常識」って言われているものを「本来備わっている才能」に言い換えて行くと、一気に世界の見方が変わります。

「列に並んで待つのは常識でしょ!」

「列に並んで待つのは、備わった才能だよね。周囲に争いの気持ちを起こさせず、忙しい気持ちにさせず、お店の人を混乱させずにサービスを提供してもらうため、人間関係を円滑にしてコミュニティを生き抜いて行くための才能だね。」

周囲の風景が一気に変わって見えてきますね!

 

「今時の若者は、本来備わっている才能がない。」

これはおかしいですよね? みんないろんな才能が備わっているはず。それがあるないって他人が、人間が勝手に言ってしまっていいのか?って感じですよね。

ただ、見えているか見えていないかだけかも知れない。

実は自分たちの「本来備わっている才能」を見失っているのが大人ではないかと感じているのです。

 

「子どももできた」ではない、実は「大人が忘れていた」

例えばこの事例を見て下さい。これは鍛えたスキルではなくて「本来備わっている才能」ではないかという事例です。

何回か出ていますが、子ども商店の小学校5年生、そうた君が儲かったお金でお客様のおじさんおばさんにお中元を配り、そのお中元も「お金の循環」を考えて自分の通っていた幼稚園のバザーで買っていたという事例です。

→ 過去記事「お金の循環を考える子ども商店

そうた君は儲かった分の半分を家庭に税金として納めるというのも普通にやります。それを見て、大人たちはほ〜〜っ!と感心します。そんな商売ができればいいよね、と心から思います。

大人は「税金を払うくらいだったら将来のリスクに備えて。。。」と何とかお金を貯めておこうと思うのですが、そうた君にはまったくその気配がありません。

お金を溜め込まずに循環させるということを、無理してやっているような雰囲気が全くないのです。あくまで自然体で素直に普通にやっている感じです。

これを見ていると、実は循環させるということは「本来備わっている才能」ではないかと感じるのです。

だって、小学校5年生はお金の循環という講義を学校でも子ども商店プロジェクト(MG)でも受けていないからです。循環自体を、生きるために必要なことと本能的に感じていてやっていることとしか思えないのです。

大人たちは、いろんな情報を入れすぎて「本来備わっている才能」を見失っている。だから素直に循環させることができなくなっている。そんなふうにも考えられますね。

たくらみ屋メンバーが次世代を担う小学生から大学生の若者達と会っていると、思わぬ才能を発揮する場面に何度も出くわします。今時の若者は凄い!って感じです。

これはたくらみ屋の周囲の人たちが、「本来備わっている才能」を折らずに青天井で解放するという考えで接していることが多いからでしょうね。

人間はそもそももっと才能を持っている! これを信じてやるために「コモンセンス = 本来備わっている才能」という言葉がもっと使われるようにたくらみましょうよ😊

 

→ 本来備わっている才能が開花する「家族MG研修」はこちら

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森本 繁生
Shigeo Morimoto

1966年大阪市生まれ。シナリオタクラミスト。株式会社こきょう 代表取締役。 「教えない」企業研修で何故か参加者の家庭や地域も良くなってしまう。革新の好循環を起こす「プロの素人」。そのためにTOC(制約条件の理論)MG(MQ戦略ゲーム)、20年全国のECショップの現場を飛び回った現場経験、臨床心理学を駆使。 1996年「電脳乞食」が日経グランプリを受賞、最初のたくらみ成功事例となったのをきっかけに、電子商店街「逸品.com」やEコマース勉強会「OSMC」を創設。2009年からMGインストラクター資格、TOC国際認定ジョナ資格などを取得して企業研修に力を入れ始める。 京都大学教育心理学科卒。野鳥観察や坐禅断食を楽しみ、4年半のニュージーランド移住経験を持つ自然好きでもある。特技は忘れ物と日付を間違うこと😃

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