●クリエイティブな視点・発想で世の中に刺激を与え、変化(シフト)をたくらむ

おはようございます。

たくらみ屋マネージャー・勝矢和美です。

 

たくらみ屋のたくらみのひとつに、「人それぞれが自分たちで全体最適を考える自律的組織化への伴走」があります。

自律的組織へ変容するにあたり、自分の素の個性がだせる環境であること、仲間の個性が理解できていることが心理的安全性を高めます。

個性(=魅力)がエネルギーとなり、流れが良い環境は、創発・コラボレーションが生まれます。

 

☆ ☆ ☆

 

私、ただ今、その人の持っている個性(=魅力)を言葉化することを研究開発しています。

まずはタクラミストでドクター・フジコことビジネスデザイナーの藤戸佐千世さんの魅力をセッションで言葉化しました。

以下は藤戸さんの一人称で書いていきます。

 

●クリエイティブな視点・発想で世の中に刺激を与え、変化(シフト)をたくらむ

 

お医者さんではないのですが、ドクターというニックネームで呼ばれる聴きながら考え、情報整理し答えを導きだすことが私の「型」になってます。

 

多くの人は自分の得意分野以外は考えることが苦手ですが、私は脳みそがタフのようで、右脳と左脳の両方で同時に処理しながら、付箋やパソコンを使って情報をまとめて可視化することが得意です。

 

たくらみ屋のロゴデザインも2時間のヒアリングでボス・森本繁生さんの脳内から野望さらに引き出し表現しました。

その時の様子はこちらに森本さんがこちら・ブログに書かれてます。

 

●デザイナーとしての原点

 

 

※画像は小学6年生の時に作成した色版画です。銀色を色絵の具と混ぜ合わせ魚の鱗をキレイに表現したかったんだと思います。

 

デザイナーとしての原点、それは小学生の時です。子どもの頃から絵を描くことが好きでした。

 

小学校の美術の授業で、屋外で風景画を描いていた時、担任の先生にこう言われました「さっちゃん、よく見てごらんなさい。今の山は緑色かしら?空は青色かしら?」

 

私は目が点になりました。その時私は、緑の山と青色の空を絵の具で塗っていたからです。

 

担任の先生に「さっちゃんが今見て感じたものをそのまま表現して欲しい。赤、青、黄色の3色だけを使って色を表現して」と言われ、素直に見たまま、感じたまま絵を描き出しました。

 

また私は忘れ物が激しく、毎日宿題を家に忘れていました。小学校から帰宅後宿題はきちんとするものの、翌日ランドセルに入れるのを忘れてしまうのが日常茶飯事でした。

 

絵の描き方を教えてくれた先生は、忘れ物をした時はにクラスルームが始まるまでに職員室に忘れ物をしたと伝えに行くことが約束でした。

 

毎日忘れ物をする私に先生は怒りません。「先生忘れました」「そうなのね。で、どうするの?」と私に解決策を投げかけます。「…明日持ってきます。」「わかった。明日持ってくるのね。」やりとりはそれだけです。

 

担任の先生はよく言ってました「頭を柔らかく」と。

 

大人になった今、絵の授業では頭で描くのではなく、自分の感覚を大事にすることを教えてくれました。また赤・黄・青の3色の絵の具しか使わず色を作り出すことを小学校の時に習得していたので、デザイナーになって色を作ることに苦労はしませんでした。

 

さらに、忘れ物の報告から、問題発生→課題解決を自分で考える思考の癖が付き、いつも「じゃあどうする?」を考えるようになりました。

 

自分の感覚を信じ、大切にすること。そして物事を客観的に捉え論理的に解決する思考が身につくきっかけは小学校の担任の先生のおかげです。

 

●クリエイティブな活動を生きている限り、追究していく

 

どんなことにも諦めず、不可能を可能にできると信じているのは、右腕がない・障害者の母の影響が大きいです。

 

 

 

母から弱音を聞いたことがなく、子育てはもちろん、運転や仕事もずっと続けてます。本当にタフで元気はつらつで、尊敬しています。

 

人間の限界は自分で伸ばせるということを、一番身近な存在・母から学んできています。

 

・父と母、三人家族旅行での出来事

父の晩年、認知症もあり、日常生活がままならなくなっていた頃、気分転換や介護する母へのねぎらいも伝えたく、三人で温泉旅行をしました。

 

選んだ宿は食事や歩行介助も必要な父やその家族にとっては使いづらく、とても残念でした。

 

美しさである意匠美と、使いやすさわかりやすさの機能美が両立するデザインは世の中にどれくらい存在するのだろう? デザイナーである私と、介護する家族としての経験が、これまでの自分のデザインの定義に疑問を与えました。その時にユニバーサルデザインという考え方に出会いました。ユニバーサルデザインを深く理解をしたくなった私は、資格取得のため東京へ通いました。

 

ユニバーサルデザインについて学んでいる時に、概念について触れました。より多くの方に使いやすいわかりやすくするために、目に見えていない計画の大切さを知りました。

 

私が「見えないデザイン」を大切にするきっかけとなったのはユニバーサルデザインです。概念の捉え方や、人々の行動を促す認知科学などを知ったことが大きいです。

 

●「見えないデザイン」から「見えるデザイン」まで全体の流れをデザインワークで俯瞰する

 

 

私はデザインを大学や専門学校で学んでおらず、実務をしながら、独学でデザインについて学んでいきました。

designNAPを設立したのは2005年です。

 

ロゴマーク、名刺、パンフレットなどのグラフィックデザインからスタートし、お店や企業のトータルデザインができるようWEB、サインを含む「見えるデザイン」を最初は大切にしていました。

 

「カッコいい」デザインをと依頼され、気に入ってもらえたはずなのに、しばらくしてある日知らない間にお店が閉店してしまった事が立て続けにありました。

 

単にデザインだけを提供していては駄目だと思うようになり、マーケティングを学びました。その後MG(マネージメントゲーム)を学びお金と利益構造を考えてパッケージのデザインのコストを考えるようになりました。

 

どんなに素晴らしい理念やビジョンがあっても「絵に描いた餅」ではビジネスとして継続できないため、ビジネスモデルを理解するようにしました。

 

トータルで表現出来るようになっても、販売、製造・経営フロー、どこかのチャンネルに引っ掛かりがあると、全体の流れが滞り、成果が出せないことに気づきました。
そのためにTOC(制約理論)を学び、経営者と同じ視点を持ち、ビジネスデザイナーとして全体の流れを俯瞰して捉えるようになりました。

 

現在は根底にある想い、ビジネスモデル、コンセプトや計画を具体化する「見えないデザイン」そして「見えるデザイン」を一貫し、そしてお客様と共創する、ビジネスデザイナーとして活動しています。

 

●経験をどう捉えるか、全ては自分次第

 

自慢できることではありませんが、デザインを学ぶ師匠がいなかったため、全て独学、模索して今に至ってます。わからない事、未経験な事も積極的にチャレンジしていた分、はずかしくて言えない失敗や悔しい経験は山のようにあります。

 

痛みも悲しみも腹立たしさも、そしてそれ以上に涙がでるほど嬉しかったことも、抱き合うほど喜びあったこともあり、学び得たこと全ては自分を支える糧になりました。

 

 

仕事に行き詰まるとやさぐれてお酒を飲んで気分転換。

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「成功の秘訣は諦めないこと」

 

創業間もないころ、心が折れて、会社を辞めようと思った事があります。

同じ時期に、和歌山の有力企業見学会で代表の方のお話を伺う機会がありました。

 

順風満帆に見えた裏側の、周囲の猛反対や強烈な圧力、それにも負けることなく築きあげられた様から「自分が決めたことを信じて進むことと、諦めた時点で終わること」が心底腑に落ちました。
今でも一時的に心が折れる事はたまにあります。

 

落ち込んだら、一旦徹底的に落ち込んで、そして這い上がれば良い。
諦めない事は自分にとって強みです。

 

☆ ☆ ☆

クリエイティブとは「create(創造する)」からきている言葉です。
クリエイティブという言葉は有る特定の人しかできないと思い込んでいるかもしれませんが、そんな事はありません。

 

過去に社員さんたちとネーミングを考えるワークショップをしたり、会社の価値を創造するワークショップをした時に、ひとそれぞれクリエイティブだと私は感じました。

 

 

私がやってきたこれまでのデザインワークに加え、更にクリエイティブな視点・発想で世の中に刺激を与え続け、世の中を変えていきたいと思っています。

ぜひ、一緒にたくらみましょう。

投稿者プロフィール

Kazumi Katsuya
Kazumi Katsuya
大阪市生まれ。西宮市在住。たくらみ屋マネージャー。秘密結社なのに、広報担当で、笑顔と安心の場創り担当。本業はImanimaru(イマニマル)販促サポーター。美活脳®マイストーリーナビゲーター/夢新聞講師(教育版、BMR版)/株式会社ソフトパワー研究所認定TOCジュニアインストラクター/教育のためのTOC国際認定取得。https://kazumi-katsuya.com/

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